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懲りずに行って来ました ... 

城山頂上にある城山城・・別名 大城へ ...

今回は前回の道筋を大方記憶しているつもり ? だったので尾根まではすんなりと登れました ...

しかし 帰りは大変な事になり焦ってしまいました ... やっぱり一人は危ないとつくづく思いました ...

特に登山道がない  頂上への案内板がない山は ・・いくら低い山とはいえ 連山で山が重なっているから ・・

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計画ではスタート地点から大城へ行きそのまま下山のつもりでした ...

ところが引き返しているつもりが小城へ行ってしまいました

進んで来た尾根を引き返しているつもりが全く逆向きに尾根を進んで行ったのです

総石垣造りの石垣の写真を撮っていたので ...あっちこっち回ったせいでしょう...

以前にも一回ありました ..  やはり今回と同じ 写真を撮るのにクルクル回り過ぎて

迷ってしまいました ... やはり同じく途中の案内板はありませんでしたね ~

今回は水道にそって降りたら池までたどり着いた これしか思いつかなかった...


この池がどの辺にあるのかグーグルアースを開くと・・林道があったので まじ!!! 良かった

助かったと ・・・この間一時間数十分 一度も休まず 汗 びしょびしょ !!!

時計は三時前 ・・山の中は暗くなるのが早いので今回はいやはや へこたれましたね ~~

すみません ・・反省会でした ... アドバイス下さい !!




では 大好きな石垣を ・・・



こんな大きな岩が真っ二つに !!  しかも二つ ・・ ??  なんだろう

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空堀跡もはっきりと ...

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よっしゃ !! 到着 ・・ ここまではよかったのですが... 弁当も食べたし一息ついたし !!



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この小城に着くまで あれ ? こんな尾根は通ってないし ... と思いつつも ・・

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この標識付けるのなら 登山道の案内もして下さい !!!


みなさん 気を付けましょうね ・・ 山の一人散策は !!!


取り合えず 大城  小城  制覇 ?? という事で ...


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2016.10.29 / Top↑

晴天の今日 山城探索に行って来ました

豊前の国 城山城 ( 大城 )

城山の山頂に大城. 南東の峰には小城があります

まずは大城へ ・・



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日中汗ばむほど暑かったのですが 山の中はしっとりして心地いい ...

久しぶりでちょっと怖いな~

鹿. イノシシが多いのでしょう 金網 & 電線が山の裾を囲っている ・・

苔が林道を覆ってる ・・数十メーターは楽った ...

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林道がなくなり みず道に沿って登って行きましょう ・・

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暫く 登るとちらほら人工的な石造りが ・・

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かなりの勾配 ・・ 息があがりますね ~ 運動不足か !!

山頂までお腹がもたない ... お腹がすいた ・・

ここいらで ・・ごはん

もちろん おにぎり !! 一人でもおいしい !!  いつも一人ですがね !!

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分かりにくい  歩いた跡がない ・・あるのはイノシシの痕跡だけ ...

案内板もなく 下調べをしましたが これもまた情報がない

地元の方に聞いても知らない ... 何人の方にも尋ねてやっと登り口が分かったのです ...

既に忘れ去られています 多分 鎌倉期に造られたのでしょうが ... 

黒田時代に整備されたのではないか  主郭全体を石塁が巡っている総石垣となっている・・情報はこれだけです ...

この山城の総石垣を見たい ・・総石垣造りといえば耶馬渓の一ツ戸城がありますが ・・感動するんです !!

これがここを選んだ理由です

しかし毎回ですが 保存するほどのものではないのでしょうか .. 寂しいですね



ここで報告しますが ...  この後 なんとか尾根まではたどり着いたのですが 尾根をどっちに行ったらいいのか

分からない... 時間は3時をまわり 降りる時間を考えたらここで下山するしかありません...

また再度チャレンジします ...残念です


ここが尾根です ...


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298 m 

宇佐市上矢部

近いうちにまた・・

周辺には 御許宮 . 米神山環状列石 .佐田京石 があり 興味をそそりますね ...


帰りみち ・・

田んぼの中に石 ・・立った石の上に平石が置いてます この石が落ちたら災いがあると ...

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2016.10.18 / Top↑



照り付ける太陽も幾分弱くなってきました ... そこで

今日 豊前の国 安心院町佐田にある 佐田城 ( 青山城 ) に行って来ました


佐田城 山城 320m

宇都宮親景によって 1399 年に築かれたのが始まりとされる

宇都宮親景は豊前国城井の宇都宮の庶流で城井郷菅迫から佐田に移り

佐田氏を称したという ...

大内 . 大友 . 黒田 と転々とし 1615 年 豊前 細川の家臣となり 細川氏が肥後へ

転封となるとそれに従い明治を向かえる...



素人の私はなかなか主郭の全様がつかめませんが ... 石が少ないと感じました

空堀 土塁 はかなりの形を残していましたが 主郭 曲輪の平坦な部分が無い

荒仕事? 雑 ? 数百年の時が 様相を変えたのか・・・


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出は... 出発します


突然の階段から・・・

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山道案内板はないが人の歩いたであろう跡 をひたすら進む ・・・
 


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獣目線・・・この山 イノシシが多いのだろう


いたる所に穴ぼこがありますね ...


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尾根が主郭へ続く道になっている ...


この尾根 一キロ以上はあるでしょう

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空堀 土塁が主郭を囲む様に深く掘りこんでいます

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案内板はありませんが ここら付近が虎口ではないだろうか ・・・


のづら積みの石垣が雑なのか 数百年の時が変えたのか ?


石垣好きとしては残念ですね


積み方が荒いですね ?・・・

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主郭跡に・・・


やはり 平坦に削れられていません


南の空堀は三段構えになってるみたいです 


豊前国 城井城も雑だったような・・・




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北の突端にあった石  ここは断崖絶壁 ...



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さぁ ここで弁当食べてぼっーとしましょう ...

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いい 風が吹き抜けます …涼しい !!


いい時を過ごせました リフレッシュ出来ました ・・・


帰ろ !!!
2016.08.23 / Top↑
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島根県 松江城 城主 堀尾吉晴

ご存じでしょうが堀尾吉晴は 天下人 織田信長 豊臣秀吉 徳川家康と三代に渡り

仕えてきた 安土桃山から江戸前期の武将です ... 生まれは尾張丹羽 ...

近江長浜のうちから 100 石を与えられてから 数々の武功 特に稲葉山城攻めでは稲葉山城に通じる

裏道の案内役を務めたという... 徳川時代では 24 万石まで出世した

のち 家督を次男忠氏に譲り隠居 ... その際 家康より隠居料として越前府中に隠居料として 5万石の

知行を与えられた  1611 年 67才で死去 ... その後松江城は激動の時を迎えます ...


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大手木戸門をぬけると四方を石垣に囲まれた桝形という所があります


赤い四角で囲んでいる所が桝形です


松江城を取り囲む堀の中 唯一ここだけ地続きになってます ...


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 大手門跡  ...



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三の門 二の門 一の門を抜け本丸へと進みます

一の門....

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一の門をくぐり本丸へ... 

正面から ...

大屋根の上に櫓を乗せた造りです そして天守入り口に附櫓があります



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こうして横から見れば 松江城 附櫓がはっきり分かります



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正面からみれば白の壁が目に入りますが


横からみれば黒の板張りが目立ちます ...


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更に真裏から見れば多くの石垣の奥に天守がそびえています ...


この石垣の上にも櫓などがあったのでしょう ...


日本各地の城も然りですが 天守以外なかなか現存していません


松江城も明治政府陸軍省より売りに出されてしまいました


天守閣も当時 180 円で売りに出されました... 現在で 120 万円という ...


地元の有志により現在まで当時のままの姿を残すことが出来 ,ボランティアの方々によって


天守閣の掃除 等  ....お陰で現在 この素晴らしい姿を維持しています ...


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では 天守閣内部へ ...


天守閣は五層 地下を含め六階 


真正面に石垣 ...


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天守内にも狭間があります

どこまでも防御 戦う為の城 あきらめない城 ...

 

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天守内の井戸 ... 現存天守で天守内に井戸があるのはここ 松江城のみ ...


秀吉に仕え鳥取城の兵糧攻めの際 使者にたった堀尾吉春は城内の人々が飢えているのを

見て 井戸を掘ったと云う ...


ここには籠城の際 食料 塩を備蓄した...


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各階へ上る階段 ...

素材は桐の木  いざの時 階段を引き上げ更に蓋をする .. (.桐の木は軽いため )




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天守を支える柱 


この柱は包み板といい細い柱を覆い隠しています


当時 、関ケ原以降 各地の大名により築城がありすぎて 長い木を確保出来なかった


一本の通し柱が使えず 各階 短い柱を使う事となりました


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この築城技術がのち 国宝に指定される要因になりました


そして 松江城がいつ 築城されたかでしたが ...近くのお寺にて松江城が完成した時の

祈祷札が発見されました 


これにて築城年が確実となり国宝に指定されました ...

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宍道湖を眼下に ...


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この石の刻印 ? 何故か気になります なんだろう ???




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石垣ファンとしてはこの石垣を見ると たまらんですね ~~

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裏からの天守閣もたまりませんね


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たくさんの写真を撮ったつもりだったのですが .... 肝心な写真がない


勉強不足です ...


最後に松江城にはこんな言い伝え コノシロ櫓の祟り




松江城 堀尾氏 が三代で断絶 

吉晴は築城後半年で死去 


次の京極氏は松江城に入ってから三年で病死 跡継ぎがなく改易 ...


吉春が築城時 石垣をを作る所にあったご神木を切ってしまった

切ったご神木はどうする事も出来ない 

それでは人柱を立てようと その夏の盆踊りに沢山の女を迎え  その中の踊りのうまかった

小鶴という女を選び 人柱にしました



次に松平直政が入城

初めて松江城天守に上がった時 女の幽霊が現れました

 そして忠政にこの城は私の城ですと ...

忠政はこの城をおまえにやると言いました 会議の結果 この城ではなく

コノシロをやるということにして その晩天守ににコノシロをお供えしました


翌朝 コノシロをお供えした三方は城内に放置されていました

その後 この幽霊は姿を現す事はありませんでした ...

それ以後 直政はコノシロ櫓で毎年 祈祷したと云われています

そして現在も 出雲地方では小鶴の祟りがあるという事で盆踊りは中止 ( ? )しているといわれます


松江城の雄姿も然り コノシロの怨霊も興味がありますね ....


是非 一見してみてはいかがですか ・・・

... 続きを読む
2016.04.10 / Top↑


今 松江城の写真整理しています ...

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2016.04.06 / Top↑
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